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最高裁判所第二小法廷 昭和25年(れ)951号 判決 1951年5月11日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

東京高等検察庁検事長代理検事岡琢郎の上告趣意第一点について。

賄賂は公務員の職務に関する行為に対する不法の報酬であるから、公務員が、他人から金品利益の供与を受けた場合に、それが職務に関する行為に対する不法の報酬であるかどうかを定めるには単に事実上の判断のみを以て足るものでなく、或は、職務の内容に関し、或は、その職務と利益との関連性に関し法律上の判断を加えなければならないことは勿論である。しかしながら、それには、まづ右職務内容と利益との関連性等について法律上の判断の基礎となるべき事実関係が確定されなければならないことも、亦、言うを待たぬところである。本件において、検察官はその公判請求書において被告人伊能繁次郎の当時における鉄道官吏としての職務内容と、同人が被告人上松留三郎から金品利益を収受した事実、並びに、被告人伊能繁次郎が、その職務に関して被告人上松留三郎のために同書記載のごとく「同人及びその知人等のため同人が依頼せる貨車又は病客車に対する配車方並びに乗車券等の購入に付」いて便宜の取計いをした事実を主張した上、右金品の授受は、右便宜の取計らいを受けた事に対する謝礼並将来も同様便宜の取計らいありたき趣旨の下になされたものであるとの事実を主張したのであるが、これに対し原判決は、被告人伊能繁次郎の当時における職務内容と、検察官主張のような金品授受の事実は証拠上、これを認めることはできるけれども、検察官主張のような趣旨において右金品が授受されたことその他、右金品が被告人伊能繁次郎の職務に関する行為に対する不法の報酬としてなされた事実は、本件においてこれを認めるに足る証拠はないと判断したのであって、賄賂罪の成否を判断するに当って、その金品がいかなる趣旨において授受されたかは、もとより、証拠によって認定を要する事実問題であることは勿論であるからこの点において、検察官の主張するような事実関係の存在を認める証拠がないとする以上、これに対する法律判断を加えるまでもなく結局、本件贈収賄事実については、犯罪の証明不十分であるというに帰着することは当然であって、原判決の判断に所論のような違法ありとすることはできないのである。

同第二点について。

証拠の取捨、判断、事実の認定は、原審の自由裁量に属するところであり、これを非難するに帰する論旨は採用し難く、かつ、原判決に所論のような経験則違背の点のあることもみとめられない。

同第三点について。

被告事件について、犯罪の証明がない為めに、無罪の判決を言渡す場合において、所論のような理由の説明をすることは、法の要請するところではないのであるから、原判決の説示を以て所論のように、理由不備の違法あるものとすることはできない。

被告人鈴木英次、同西安治の弁護人大高三千助の上告趣意、同弁護人坂野英雄の上告趣意及び被告人上松留三郎の弁護人徳岡一男の上告趣意第一点、同弁護人三輪寿壮の上告趣意第一点、第二点について。

本件犯罪当時における国有鉄道共済組合は、明治四〇年勅令一二七号鉄道共済組合令(昭和二二年法律七二号によって「国会の議決により法律に改められたもの」とせらる)によって組織された運輸部内の職員の相互救済を目的とする組合で(同令一条)運輸大臣がこれを統理するものである。(昭和一五年鉄道省令七号国有鉄道共済組合規則一、二条)しかして、国有鉄道共済組合物資部は、国有鉄道共済組合規則九二条に基いて、同組合に附帯して施設せられ、組合員の「生計及勤労上必要ナル物資ヲ調達配給スルヲ以テ目的」とし、「物資ノ購入、加工、並ニ配給」「食堂ノ経営」「其ノ他ノ目的ヲ達スルニ必要ナル事業」を行うものであり、(昭和一九年運輸通信大臣達二五三号国有鉄道共済組合物資部規程二条、三条)その事務は、運輸大臣がこれを、「統理」し、鉄道局長は、当該鉄道局所属物資部の事務を「監理」するものである。(同規程四条)しかして、運輸大臣は鉄道部内の職員をして国有鉄道共済組合の事務に従事せしめることのできることは、又、前記鉄道共済組合令三条の規定するところである。

被告人鈴木英次は昭和二一年四月以降東京鉄道局新橋管理部厚生課長兼新橋食糧増産支部増産課長として、右令三条に基ずき国有鉄道共済組合新橋物資部に関する事務を総括する職務を担当し、被告人西安治は、同年同月以降東京鉄道局新橋管理部厚生課物資係長として、同じく同令三条にもとずき同新橋物資部に関する事務を分掌する職務を担当していたことは原判決の確定するところである。

本件犯行当時における国有鉄道共済組合は、もとより国家の行政事務を行う国家機関ではないけれども、前記のごとき法令に基いて組織せられ、公務員たる鉄道従業員の相互救済、福利増進を目的とする団体であって、これが業務の掌理についても前敍のごとく一々法令又は大臣達によって規定せられているのであって、「運輸大臣が同組合を統理し」又は「物資部の事務を統理し」鉄道局長が当該鉄道局所属物資部の事務を「監理」するというも、いずれも、組合業務の執行に関するものであって、かくのごとき法令に基く組合業務の執行は、運輸大臣、鉄道局長の国家に対する職務に属することは勿論であって、従って、前記令三条に基いて鉄道部内の職員が大臣の命により組合の事務に従事する場合に於いても、その業務の執行は同職員の公務員としての職務に属するものといわなければならない。

原判決の確定するところによれば被告人上松留三郎は被告人鈴木英次、同西安治に対し、同人等の担当にかかる国有鉄道共済組合新橋物資部の業務に属する判示のような新橋管理部長名義の特配申請書の作成、提出等に関し種々寛大有利な取扱を受けたことの謝礼及び将来も同様の処置を受けたい旨の趣旨を以て判示のごとき金品を供与し、被告人鈴木英次、同西安治は右供与の趣旨を知ってそれぞれこれを収受したというのであるから、右金品の授受は被告人鈴木、西の前記職務に関するものであることは極めて明瞭であって、原判決が右の各被告人の所為に対し刑法一九七条一九八条を適用したのは、まことに正当である。

たゞ原判決の前記被告人鈴木英次、西安治の職務に関する説明において、稍々明瞭を欠く憾みがないではないけれども、その全体の趣旨とするところは、前段説明するところと同一に帰するものと解するのを相当とする。

各論旨はいずれも原判決の右説明上の欠陥を攻撃し、若しくは、独自の見解に立って右被告人等の職務を以て刑法一九七条にいわゆる職務に該当しないと主張するものであるが、その理由のないことは前段説明するところによっておのずから明らかである。

被告人上松留三郎の弁護人徳岡一男の上告趣意第二点について。

記録を調べても、所論各検事聴取書中の被告人上松留三郎の供述が所論のように強制拷問又は脅迫にもとずくものとは、みとめられない。又、原審公判調書をみれば、同被告人が、原審公判において原判示第四の事実について、原判示のごとき判示同旨の供述をしたことがわかるのであって、原判決に所論のような違法ありとすることはできない。

同第三点について。

本件繊維製品配給消費統制規則違反の行為については、所論のような規則の改廃にかかわらず、「犯罪後ノ法令ニ因リ刑ノ廃止」のあったものといえないことは、昭和二〇年法律第四四号附則四項及び昭和二二年商工省令第二五号衣料品配給規則附則二項但書の規定によって明らかであって、これに反する所論の見解は採用することができない。又原判決における「衣料品配給統制規則第三条」は「衣料品配給規則第三条」の誤記であることは明白である。論旨はいずれも採用し難い。

被告人上松留三郎の弁護人三輪寿壮の上告趣意第三点について。

所論物価統制令にもとずく統制額指定の告示が廃止せられても、旧刑訴三六三条の「犯罪後ノ法令ニ因リ刑ノ廃止アリタルトキ」に該当しないことは、当裁判所の判例(昭和二三年(れ)第八〇〇号、同二五年一〇月一一日大法廷判決)の示すところであるから、論旨は採用することができない。

同第四点について。

その理由のないことは、如上説明するところによって明らかである。

よって、刑訴施行法二条、旧刑訴四四六条に従い、主文のとおり判決する。

右は、全裁判官一致の意見である。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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